歳と共に唱歌や抒情歌が好きになりましたが、子供の頃は意味も分からず、ただ平仮名を追って皆で斉唱していたので、意味を取り違えて覚えていたものもありました。
雪はウサギの足跡を目印に通り道に罠をかけ、捕まえ肉鍋にしました。さほど美味しいとは思わなかったったけれど、うさぎ美味し?(故郷)と歌われるし…とか、朧月夜に浮かぶのは山の葉?(朧月夜)、浜辺に行くのは明日か?(浜辺の歌)など、いま思うと"こっぱずかしぃ"(北海道弁)
今頃になり、ようやく言葉と情景が一致する様になりました。が、きっとあの頃も、先生が授業の中できちんと説明してくれていたのだと思います。だけど、劣等生の私はまるで先生の話を聞いていなかったからなぁ …
あの頃の歌詞はみな格調が高く、米国のラブ・ソングだった「モリ―・ダーリン」も、♪ ものみな憩える 静寂の中に 煌めき揺れつつ 星座は巡る(詩:堀内敬三)と、美文の「冬の星座」になりましたが、平仮名の"ものみないこえる"では、"憩える"の字面は浮かびませんでした。
それら唱歌や抒情歌のCDは、色々な人が、それぞれのバック・ボーンを生かし歌っていますが、私はポピュラー系の、同世代が歌っているものが好きです。
同じ様な洋楽を聞いて育って来たのだろうから、アレンジャーやバックの演奏者も含め、感性が合うのです。そうした点で私が好きなのは、白鳥英美子さんの「うた景色」と、全曲が無伴奏で歌われる、おおたか静流さんの「彩 bloom~」が好きです。
「彩」はおおたかさんの20枚目記念的なアルバム。「冬の星座」や「早春賦」「浜辺の歌」など、独唱で言葉により魂が宿り、薄いエコーのみの歌声が滲みて、歌声が空へと昇ります。 若い頃夜半の然別湖で聞いた木霊にも似て、旅を共にした亡き友の思い出も重なって。

今の季節に合ったの歌では「故郷を離るる歌」(訳詩:吉丸一昌)も取り上げられていて、これは、ああ勘違い唱歌(?)とは違いますが、言葉は理解できても、妙に聞こえた歌でした。
三度の軽い跳躍進行から同音進行になる所で私は、"ばふるさと"と聞えてしまうのです。前の"思えば涙…"のところできちんと、"さらば"と歌われているので、音階と詩の組合せで、私にはそう聞こえるだけなのですが。
おおたかさんも、きっと同じ事を感じたのか、その "ばふるさと" の所で "さらば_ふるさと" と小さなブレスを入れます。譜面とは違いますが、これで詞が明確になります。
ちょうど今の時期に私も汽車に乗り、この景色も今日で見納めかと思って眺めた故郷の山に、福寿草が咲いていたな…と、遠い昔が思い出され、豊平公園の野草園はまだ早いか?と思いながら訪ねてみました。

まだ根開けが済んだ所(右)で、ああ、これはまだダメかなと思い進んでみると、松の下の雪が薄い所が一部溶け、一輪(中央)だけ黄色い花が。たった一輪でしたが、福寿草 一輪ほどの あたたかさ… などと言う気持ちで嬉しくなりました。(嵐雪の梅一輪の盗用です💧)
札幌の福寿草の満開ももう少しですが、雪の少ない太平洋岸では、今はもう盛りのはず。夢は今も廻りて…とまでは言いませんが、ときどき思い出す子供の頃に遊んだ野や山。 故郷を旅立って、あれから早や幾星霜となりました。