daddy-kのいきあたりばったり

70年代青春のジジィが札幌の四季など、肩幅サイズの日常を書いています

2024-01-01から1年間の記事一覧

カーラ・ボノフ/悲しみの水辺

70年代後半にソロ・デビューし、「ささやく夜」や「麗しの人」などのアルバムで、ギュッと心を鷲づかみにしてくれてたカーラ・ボノフ。 ジワッと滲みて来るシンガーの一人で私は好きです。派手さは無く、少しくぐもって聞こえますが、乳白色 (?) で誠実さを感じさ…

村の教会でクリスマス礼拝

今月二度目の北海道開拓の歴史村、この日は村の教会で10年振りにクリスマス礼拝に。 クリスチャンでは無い私ですが、この教会は私の故郷にあったもの。浦河郡荻伏町(現浦河町荻伏)にあった元浦河教会で、献堂が明治27年(1894年)と今年で築130年。ほかには旧…

電話はダイヤルを廻してかけた

最近の若い年代にはダイヤル式電話の使い方を知らない人が多いそうで、無理も無いですよね、最近ではお目にかかる事も無いし、赤電話や黒電話なんていまや骨董品扱いかも。でも携帯電話など無い時代は、大概の家では家族で使う黒い電話が一台。 BB世代が若…

コニー・フランシス/渚のデイト

米国の歌手テイラー・スウィフトが世界ツアー(149公演)を行い、チケット売上が3000億を超え、音楽ツアーとしては過去最高となったそうでおめでとうございます。私は Net でしか聞いた事が無いのですが、なるほどいい歌手で人気があるのがわかります。 でも60…

岸千恵子/津軽あいや節

私が社会人デビューした頃はカラオケが無く、宴席の唄は手拍子のアカペラ。「お前も何かやれ」などと言われると、ポップスかフォークしか知らない私は大変困ったのですが、ベテランの皆さんは手拍子に合う民謡などで、上手に場を盛り上げていました。 あの頃は…

開拓の歴史村の炭焼き小屋

私は道産子三代目ですが祖父は岐阜県旧春日村の出身。そこは滋賀県に接した岐阜最西端の村で、家業は木地師や炭を焼いて暮らしていたそうです。木地師は滋賀県が発祥と言われますが、そこから山伝いに伝わったようです。 今は廃村ですが、20年以上前に両親と…

ザ・シルキー/悲しみはぶっとばせ

60年代若者文化の一つビートルズ。そのカバーソングは世界中でどれ位あるのでしょう? 各国の言葉でカバーされた知らない物を含め、途方もない数かも。日本でも彼らの初期にカバーされたクール・キャッツの「プリーズ・プリーズ・ミー」とか、大瀧詠一プロデュー…

The Nashville Theens/タバコ・ロード

今でこそ頑固な反喫煙者として、"望むべきは無煙社会!"などと吠えている私ですが、実は黒歴史があり、キャビン85を1日に2箱も吸っていたチェーン・スモーカーの時代がそれ。狭い事務所の中で、モウモウと人間蒸気機関車をやってた時期があったのです。 あると…

サッポロファクトリーの真っ赤な秋

真っ赤だな 真っ赤だな 蔦の葉っぱも真っ赤だな~ という童謡の作詞者は薩摩忠さん… って、あれ?フランク赤木の「暗い港のブルース」の詞を書いた人と同じ名前? 調べるとまさしく同じ人だそうで、知らなかったぁ~と一人で赤面。いま時期のツタの様に? ツタ…

北海道大学のモデルバーン

還暦を過ぎ頃から先人の苦労話とか、そうしたものが展示されている場所に興味が湧き… といっても、"先人の歴史を学ぶ"などという大それたものではなく、小さい頃の思い出と重ね合わせ、「ああそうだったねぇ」と、ノスタルジーに浸るという程度の話ですが。 北…

オーヴァーランダース/恋は落葉のごとく

木々の多くは葉を落とした札幌。晩秋というよりもう初冬で、はぁ~ッとため息の季節。やがて根雪で達観というか、諦めがつくまで、こんなグズグズな毎日が続くのですが。 幸い今日はいい天気、こんな日は楽しい音楽でも聞いて気分転換… と思うのですが、秋を…

バディ・コールとオルガン

シアター・オルガンほか、鍵盤楽器の名手バディ・コールの名を聞くと、未だに心拍数が上る…気が。昔バディのオルガンは良いと聞き、輸入盤専門店で探すも無く、ジャズ人名辞典にもその名は無く、手掛かりが見つからず途方に暮れていた頃を思い出すので。 彼は若…

独りオーケストラ シアターオルガン

シアター・パイプオルガンとかシネマ・オルガンと呼ばれる楽器は、1900年代にアメリカで生まれ、無声映画のシーンに合わせ音楽を奏でたり、動物の鳴き声や機関車等の効果音を発したりと、たいそう映画を"音で彩った"そうです。 パイプの音のみならず鍵盤と連動…

紅葉の中島公園

10月も今日で最後。札幌は気温が下がり、紅葉は山から平地に下りて来ました。手近な場所で紅葉狩りをしようかと。それにピッタリなのが中島公園の中の日本庭園。 池を配置した庭を池泉回遊式庭園と言うのですか? 陽があたるとその池の周りの紅葉が水面に映…

道立近代美術館/皇室の至宝

皇室の至宝と聞いて思ったのは蒔絵とか工芸品のイメージで、さして興味をそそられ無くて…が、HPを調べると若冲や応挙のほか、北海道にまつわる作品やゆかりの作家の作品も展示とあり、これは行って見なくてはと、散歩日和を選んで行って来ました。 一部は撮…

浮気なスーは翔んでヘレヘレ?

今は死語ですが、70年代に "翔んでる女" と言う言葉が流行り、語源はその頃欧米で流行ったフライング・ガールから来ているそうですが、自己の信念に基づき自由にふるまう女性…くらいの意味だったと思います。 私の知り合いのダイバーさんは、社会人デビューし…

豊平峡ダムと定山渓五大紅葉

札幌の藻岩山が"山粧ふ"(やまよそおう)感じとなり、標高が高い定山渓の紅葉は今が見頃かな?久し振りに豊平峡ダムの紅葉を愛で、あとは豊平峡温泉の露天風呂で湯につかりながら…と思い確認すると、「かっぱバスで行く定山渓五大紅葉」というのが出てきました。…

花嫁/藤沢ミエと猪俣猛

先日ジャズドラマーの猪俣猛さんが亡くなられたそうです。88歳とは言え元気に活躍されていた様子で、70年以上に渡るという音楽家人生に敬意を表するとともに、ご冥福をお祈り申し上げます。 ジャズがわからなかった昔(今もですが)、外売り半額のワゴンに…

萱野茂記念館と二風谷コタン

自分としては、今年はアイヌ文化に触れる機会が多かった方かなと思いつつも、日高地方で生まれた私がまず先に行かなくてはならなかったのが二風谷で、いつか行こうと思いながら、微妙な距離の遠さについ初めての訪問となりました。 私が行こうとしたのは萱野…

忠犬ポチに会ってきました

先日公園を歩いていると、ストライキをしているワンちゃんに出合いました。 腰をどっしり降ろし前足をガッチリ突っ張って、まだ帰るのは嫌だと言ってるのか、もう歩きたくないと言ってるのかはわかりませんが、微笑ましい風情に思わず 「根性入っていますねぇ…

太陽がいっぱいの季節は終り

今朝の札幌は冷たい雨の朝、日中の気温は16度までしか上がらない予報、はぁ~ですね。陽が出ていたとしても低く影は長く傾く時期に。もう10月ですからねぇ。 私が生まれる前ですが「斜陽族」という言葉が流行ったそうです。戦後の体制の変化と共に没落してゆ…

アイヌの伝統音楽の講座

市民公開講座で「アイヌの伝統音楽について ~カムイとのつながりを意識する~」というリーフレットを見かけ行って来ました。無料と事前申し込み不要にもつられ(?)ですが、日本音楽療法学会が主催し、講師は北海道博物館研究職員の甲地理恵さんとあり、怪しげ…

エドウィン ダン記念館

ウォーキングに良い季節、この日は少し遠くまでと真駒内のエドウィン・ダン記念館へ。エドウィン・ダンの事は何も知らず、初めて行くのに下調べもせず。でも行きゃわかるだろう、その方が情報が新鮮だし…と、都合のいい理屈をつけて。 カロリーベースの食糧自…

ベン・ウェブスター/ダニーボーイ

「ダニー・ボーイ」を知ったのはハリー・べラフォンテの歌からだったか、サム・テイラーのテナー・サックスだったか、ともかく私がまだ中学生の頃だったと思います。 その後シル・オースチンなども知ったのだけど、あの頃人気があったのはサム・テイラー。この曲や「…

さあ 新しい鮭を迎えよう

9月は鮭の遡上するシーズン。道民が呼ぶアキアジ(鮭)は、アイヌ民族の生活に欠かす事の出来ない大切な魚で、シペ(本当の食べ物)とかカムイチェプ(神の魚)と呼ぶそうです。 アイヌ語のアシリチェプノミは新しい鮭(アシリチェップ)を迎える儀式で、「川をきれ…

セルジオ・メンデス&ブラジル'66

セルジオ・メンデス、通称セルメンと言えば、フージョンなどが人気だった80年代に全米4位の大ヒットとなった「愛をもう一度」を思い出す人も多いのでしょうね? あれからもう40年も経つのかぁと思いつつ、化石時代の音楽に親しんでいる私が思い出すのは、も…

サッポロピリカコタンとイオルの森

先日参加したウポポイとサッポロピリカコタンのツアー、ブログではウポポイの事だけで終わってしまいましたが、ピリカコタンも見所が一杯で、私が知っている昔の姿とは大違いだったので、先日あらためて行ってみました。 特に気になったのは「イオルの森」で、…

高石友也さん/受験生ブルース

北海道出身の"日本のフォーク"歌手といえば、中島みゆきに松山千春が有名ですが、その大先輩が雨竜町 (ヒマワリで有名) 出身の高石友也さん。彼の「受験生ブルース」の大ヒットが1968年ですから、日本のフォークの先駆けの一人でした。 彼のスタイルは東京のカ…

民族共生象徴空間 ウポポイ

ウポポイが出来てもう4年も経つのですね、アイヌ民族の歴史や生活を広く紹介するのは良い事だけど、過去に和人が行った事の反省には触れずきてる気がして、今まで行った事が無かったのだけど、見もしないで勝手な想像するのは違うか?と。 そう思っていた所…

ザ・ドリフターズ/渚のボードウォーク

ザ・ドリフターズと言えば昔「ラストダンスは私に」の日本語カバー (どうぞ踊ってらして…) がヒットした割に、当時の知名度はイマイチだった気が。その後「いかりや長介とドリフターズ」が人気となり、ザ・ドリフターズの話をする時「じゃない方の… 」と前置きが必要でし…